奈良に住んでいる頃、お向かいの奥さんに誘われて、奈良の駅前へ遊びに行った。
その人は奈良で生まれて、ずっと奈良に住んでいて、奈良には俄然詳しいのだ。
お互いまだ子どもが小さくて、子連れでバスで出かけた。
距離の移動はほんの少しだけど、久し振りの遠出だった。
石畳の道を、ベビーカーをがたがたいわせながら、あちこち見て歩いた。
奈良は不思議な町だ。
鹿と一緒に信号待ちをする。
道でおじさんがお餅をついている。(結構有名)
京都に比べると地味だけど、きらびやかでない分落ち着いていていい。
「奈良で一番おいしいたこ焼きを食べよう」と彼女が言うのでついて行った。
賑やかな三条通りから、迷路のような路地を中へ中へと進む。
しばらく行くと彼女は「よかった。やってはる」と言った。
よく見ると遠くに白い旗をあげた家がある。ごく普通の町屋づくりのおうち。
そこの門と玄関が開け放たれていて、粉を焼くいい匂いがしてきた。
一枚板の立派な玄関。靴を脱いで上がると、ちょうど中央についたてがあって、右側に通された。そこには普通のお膳と座布団。
ついたての向こうも入れると、20畳くらいあるんじゃないだろうか。メニューもなくて、普通のおうちにお邪魔したみたいな感じ。
ついたてと言っても低いもので、中腰になるとおとなりが見える。
そこにはテーブルも座布団もなくて、変わりに細長いマットのようなものが敷いてあった。
注文もしていないのに、たこ焼きが出てきた。
その頃でももうめずらしい経木の舟で、しょうゆ味。
外はかりっとしているのに、口に入れるととろける。
大阪でもなかなかこんなのにはお目にかかれない。
私はとてもびっくりした。でもびっくりしたのはたこ焼きの味だけではなかった。
しばらくすると、別のお客さんが入ってきた。そのお客さんは私たちとは違って、ついたての向こうに通された。私はたこ焼きに夢中で気づかなかったが、友達がにやにや笑い出した。
「あのな、ついたての向こう見てみ」
なんのことか全くわからず、私はたこ焼きを頬張ったまま膝を立てて隣を覗いた。
とたんにたこ焼きを噴出しそうになった。
そこにはおじさんがひとりうつ伏せに寝ていて、さっきまでたこ焼きを焼いていたオヤジさんが、マッサージをしているのだ。
その顔を見て彼女は大笑い。それからオヤジさんも、そのおじさんまで。
その店はなんと、整骨院とたこ焼き屋を一緒にやっていたのだ。
さっき見た白い旗は「いまはマッサージの人いないから、たこ焼き焼いてるで」というサインだった。
「知った人しか来んからいいんや」とオヤジさんは言っていた。
「友達連れて来て、びっくりさすのん好きやねん」と彼女も言った。
私はいろんなたこ焼き屋さんに行ったけど、あんなにおいしくて、あんなにびっくりしたお店はほかにない。